文化・制度と空間
 ミッシェル・フーコーの「監獄の誕生」は邦題であり、正式のタイトルは「監視すること、および処罰すること」だそうである。もちろんこの本の内容は「監獄」の話ではなく、学校、病院、兵営、工場などの社会全体にかけられた監視の眼と処罰を扱うことで、この人間が創り出した管理する社会システムそのものを明示しようとしている。巻頭に興味深い口絵がある。それはひとりひとり階段状に置かれた箱に入れられ、その箱のなかに入れられた人の顔の部分だけに開口部が開けられており、その開口部は演壇にたつ講師のほうに向けられているというものである。これはパリ市の東南の郊外にあるフレーヌ監獄にあった講堂の様子なのだそうだが、これは人間に対する強制と一望監視施設を示すダイアグラムとしてみることもできる。
 この箱をとれば演劇における円形劇場と同じ空間構成なのだが、ここでは見る見られる関係が倒立していることに気が付く。劇場では客席の照明は落とされ舞台に上がる演者は観客から一方的に見られる立場となる。しかしこの口絵にある箱のなかの人は演台の講師から見られるというよりは監視されている。日本の大学に見かける階段教室で見かける光景はこの口絵の状態と演劇の状態の双方が倒立もせず両立しているように思える。教師は階段教室の教壇から講義をおこなうのだが、ほとんどの学生はこの教師の支配する領域から離脱するために最後列に集まる。すなわち教師は口絵のように生徒をコントロールしようと試みるが、箱のない学生は教師のコントロールされる領域から逃れて最後列に座り演劇的状態で講義を受けようとする。
 相撲の枡席は4人ほどが座れる座敷が升状に設けてあり、食事や酒が升ごとに用意される。升のなかのひとは中央の土俵の方に向いているわけではなく、4人で升のなかでの宴を楽しむ。ときおり贔屓の関取が土俵に上がるとかけ声をかけて相撲を観戦するが、その取り組みが終わるとふたたび4人の宴に戻る。ここでは相撲の観戦という大きい空間に属する場合と、4人の宴という小さい空間に属す場合は、その人の意識によって決定される。この状態は大きい空間では相撲というプログラムが進行しており、同時に小さい空間では4人の宴というプログラムが進行しているという共時的空間のなかに属しているともいえる。この共時的空間のなかにいるひとはそのひとの意識によってどちらのプログラムも選択できることになるわけである。
 階段教室の最後列にいる学生は丁度この相撲観戦と同じ状態に自らを置こうとしているともいえる。教師によほど面白い出し物がない限り、学生は講義には意識を参加させない。教育学の研究者である佐藤学氏によるとイギリスの学校では19世紀の末に階段教室は使用されなくなったそうである。その理由を聞き忘れたのだが、教育を行う側からイメージする理想の教育空間としての劇場的空間は、教育される側からは傍観者になりやすい空間形式であるようである。教育とは教育される側から見れば退屈なものである。劇場は演劇を見ようとする能動的意識に支えられた空間であるのに対し、同じ空間形式をとったとしても教育される側にはこの意識は存在しない。教育が抑圧の社会システムとなることはフーコーの文章で度々言及されている。それが抑圧の社会システムである以上、抑圧をかける力の構図が必要とされている。
 学校建築という空間図式はこの力の構図を実体化するものとして構想されている。日本の学校では、教室は黒板→教壇+教卓→机イス列というヒエラルキーが画一的に用意される。どのイスからも黒板が見えることが条件となることは劇場と同じである。廊下と教室は区画され外からは教室内の様子は窺えない。ここでは教室とは教師という絶対権力をもつ個人が支配する密室である。これは「教室は教師の聖域である」という言葉に置き換えられる。そしてこの教室が等価な環境条件となるように南面に一列に配置し、その教室群を連絡するための最小幅員の廊下を北側に設ける。教室数が多くなるとそのユニットを積層する。管理諸室は生徒の日常的アクセスから隔離された位置に設ける。ここで扱われる空間では教師と生徒の関係は管理する側と管理される側が明確に区分されている。この空間図式は想定されている教育というソフトウエアに対応するハードウエアである。  教育が何らかの力の構図を必要とするものであるとすれば、この収容施設のようなハードウエアは学校建築として望まれるものである。しかし、力が解除される場合には奇妙な空間配列としてしか見えてこない。佐藤学氏はこの現行の教育というソフトウエアの抱える問題を多面的に指摘し、「学びの共同体」というコンセプトを提出している。「教育」という言葉が表すものがフーコーのいう抑圧の社会システムであるとするならば、「学ぶ」という言葉は主体的な行為である。学校が教育という「競争と差別」が行われる集団訓練の場ではなく、自発的に学ぶ者たちの「共存と共生」の場に変換するものとして「学びの共同体」という概念がある。そこでは学校というものを社会から閉じた特殊な空間にするのではなく、社会に開かれた公共概念が持ち込まれる共同体を形成することが目論まれている。そして、あらゆる差異を均質化して差別する現行の学校というシステムを解体する主張がある。  人という種の諸活動を制御する仮置きされたシステムとして制度が存在する。制度とは力のシステムである。そしてひとつの制度の直中に居るひとは、その仮置きされた制度に規定された世界を出て新しい世界を認識することは困難である。フーコーの記述はこの力のシステムに関するものであるが、その対象は学校、病院、兵営、工場といった建築類型に転写される。これは建築という形式が制度を実体化する装置として機能してきたことを意味している。ファシズム期のドイツで造営された都市ニュルンベルグは、目には見えない党の力のシステムを、そこに身体を入れることで現実に存在するものとして認識させる装置としてつくられているようである。日常的には人の住むことのないこの無人の都市は、人のスケールをはるかに凌駕する建築群が配置され、党大会が開催されるときには100万人を越える集団を収容した。ここでは建築は意識的に力の表象として用いられている。この力のシステム=ファシズムという制度が一時の幻想であったように、制度はいつも仮置きされたものでしかなく、本来はゆらぎながら移行するするものである。
 建築という形式が制度を実体化する装置であるとするならば、建築を構想する者は直接的にその制度にコミットすることが可能である。だからこそ建築はあらゆる表現媒体のなかで特権的な位置づけが与えられているといえる。現代の社会のなかでは意識的に抑圧のシステムを構築しようとする力は表面的には働いてはいない。が、いちどセットされた抑圧のシステムは無自覚に反復されている。建築家はその制度のゆれを拾い上げ、解放された社会を担保する空間配列を提示しなければならない。社会はゆるやかな変局点を示しており、かつての制度に対応していたビルデイングタイプが成立しなくなってきている。いま私たちの社会はソフトウエアに対応するハードウエアに齟齬が生じているともいえる。さらにいえば、ハードウエアを構想することによってソフトウエア自体を再設計する必要があるのではないか。
 フーコーが俎上にあげた抑圧の社会システムはすべて管理側の論理でつくられる建築に対応させることができる。そして学校や病院は「教育は聖職である」とか「人命を預かる」という大儀によって不可侵な位置づけが与えられている。この閉じた世界では、子供たちが自発的に学ぶことのできる空間のありよう、また患者へのサービスに何が必要であるかというあたりまえに検討されるべき事柄が棚上げされたまま、由来の不明な面積基準や関連法規、管理側の効率などで空間配列が決定されている。その結果、教育として有効性を失った学校空間が頭のない自動機械のようにこの島国に再生産されている。だからこそ建築家はソフトウエア自体を再設計するハードウエアを構想しなければならない。建築は新しい社会システムを切り開くフロントにあるのだ。

―建築雑誌 2000/09―


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