「新建築」2006年12月号月評
私の教える横浜国立大学では1年生の授業に「身体と空間のデザイン」というのがある。そこでは新しい言語を教えるように「建築」という文化体系そのものを学生達に紹介していく。街の見方、旅行の仕方、身につける道具、筆記用具、スケッチブック、カメラ、読むべき本や雑誌、展覧会やシンポジウムなど、毎週ゲームのような課題を出しながら「建築」の世界に誘い案内する。そのなかで「伊東豊雄 建築|新しいリアル」展を見に行くこと、その展覧会の帰りに必ず「タッチストン大橋晃朗の家具」展を見に行くことを学生達に勧めた。そして、建築の勉強を始めたばかり学生達にとって、このふたつの展覧会は将来記憶に残る経験になるかも知れない、と話した。授業でそんな話をしてしまったこともあって、近くで打ち合わせがあったときにオペラシティアートギャラリーに足を運んだ。平日の昼時だったのだが、会場内は公園の中にいるような疎らな人の密度で展示をゆっくり楽しめた。うねった床を歩きながら展示物を眺めているうちは「新しいリアル」というのはカルテジアン・グリッドを歪めるというだけシンプルなアイデアのように見えるのだが、展示物を読んでいくと語られる内容はとても複雑である。展覧会の緒言で「せんだいメディアテーク」での意図の敗北が語られる(と私には読める)。質量を消去するようなアイデアの建築は、それが実体化される現場では凄まじい質量を要求していた。現実の物となった「せんだい」は意図されたものとは別物であったのではないか。計画案を説明するときに使われていた海藻のように揺れる存在感の希薄さは、実現された空間の中にはどこにもない。この意図の敗北を経験することによって、その後の新しい概念が獲得されているのかもしれない。会場では気持ちの良い滑らかにうねる自由曲面に並列して、その曲面を出現させるための気の遠くなるような労力で作られた型枠や配筋が展示される。TOD’Sの平滑なコンクリートとガラスの開口部に並列して、複雑な型抜き型枠と配筋そしてセパレーターのシステムが実物で示されている。壁面には原寸の詳細図面が描かれ、表層にシンプルで平滑な表現を作るために隠されているヘビーなディテールが明示されている。「新しいリアル」という概念がただ表現であるならば、それを支えている舞台裏を見せる必要はない。むしろ、表現という体温を持つものから距離を取るため、そしてそれを普遍的な概念に持ち込むための操作を意図的に見せているように思えた。このパラドキシカルな意図が封入されているためその展示は見る者を幻惑する。

その足でギャラリー間で開かれている「タッチストン大橋晃朗の家具」展を見に行った。会場のモニターでは「建築|新しいリアル」展からの連続のように、伊東豊雄と多木浩二と坂本一成の三氏による対談が流されている。そこではモダニズムに拘束された概念からの離脱が語られていたように記憶しているが、BGMのように見ていたのでこれは定かではない。いずれにせよ1980年前後、大橋晃朗と倉俣史郎によって提出された一連のアイコンのような仕事が現代の日本建築の表現の部分を決定づけていることを確認した。帰りに2階のブックショップに寄って、平積みにされていた「住宅の射程」を購入した。そのなかで伊東豊雄は西澤立衛の森山邸を案内役に自らの住宅論を展開している。そのなかで「ゲント」そして「台中」で開発された「エマージング・グリッド」の普遍性を確認するかのように集合住宅に援用した図が載せられているのが興味深い。コンピュータ技術の進化で解析可能となったこの新しい構造体は未だこの世界に物質としては出現していない。その空間の中に現実に入り体験するためには、「エマージング・グリッド」を支える新しい世界の枠組みが要請されている。一方、この本の中で語られる森山邸には饒舌な表現はどこにもない。逆にどこにでもあるあたりまえの形態が大きさや配置に操作がかけられ、新しい空間の関係性が創出されている。新建築誌の今年2月号で紹介されているこの森山邸は、伊東さんが住人の大成さんとの対話で紹介するように、生活する人間と空間の関係性が主題であるように思える。「新しいリアル」とは、建築の存在によって新しい世界の枠組みを要請するものであるとするならば、森山邸はその空間が存在することによって、人が集まって住まう新しい関係性を要請しているのだ。

「建築をつくることは未来をつくることである」というマニフェストを掲げて、横浜国立大学では来年4月から大学院に建築家を養成する特別なプログラムの準備をしている。そこでは消費されることを欲するような射程の短い建築ではなく、建築を作る側が主体となって社会システムそのものに介入するような建築の存在の仕方を考えていきたい。そして、そこでは建築という形式をもっと信頼したいと思う。  


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