都市の環境単位

都市をつくる原理は何か?
 この数年、大学院のスタジオで「都市の環境単位」というタイトルの課題を出している。これは、都市空間の創られている原理が、制度であったり経済原理という人間の身体を超越した概念によって組み立てられているために、そこには私たちの居場所がないという感覚があるということを問題にしているものである。そのために、どこにいてもどこまで行っても同じような風景となり、特異点のない均質な都市空間を生み出しているのではないか、そのような現代の都市に用意されている空間のあり方によって、私たちは場所に対する愛着がなくなり土地の帰属意識は喪失し、同時に都市のなかでは共同体の意識は持てなくなったのではないだろうか。と、考えているからである。私たちの目の前にある現代都市の拡がりがどのような理屈を持って出現しているのか、そしてこの都市には存在していないが人間の生活の場から空間の拡がりを再設定することができないだろうか、という調査とそれに対応する課題設定である。

経済活動ゲームの中で失う空間の組成
 たとえば、都市近郊の市街地にある土地はほぼ同じ規模に区画され誰かに所有されている。それは現代の社会で最小の社会集団とされる家族に対応する住戸を収容するのに都合の良い大きさに土地が区分されているようにみえる。しかし、それがひとつの家族にとって最適解の住戸規模であるというよりは、この土地を開発して分譲住宅地という商品に成立させるために、その投資額と利益に見合った価格設定がおこなわれ、土地の広さと住戸規模が決められているだけではないか。それがこの社会の成員の平均的所得とバランスが取れているから、市街地は同じような規模(grain)の住居で埋め尽くされているのではないか。都市を構成する会社という利益追求集団の所有するビルの生成原理はさらに厳密である。その不動産は投資コストに見合ったパフォーマンスが要求され、その解は情緒的判断が入らないためブレは少ない。そのためオフィスビルで構成される都市空間はさらに均質である。社会インフラはこのような近代都市のシステムを支えるために構築されている。そのなかで生活と対応する店舗はどうだろう、例えばコンビニの都市内の配置はその商圏エリアによって決まっている。マーケッ トメカニズムによって決められるコンビニの分布密度は均質である。広大なマーケットエリアに対応する大規模ショッピングモールでは、その規模に見合ったパーキングの台数が用意され、買い物という消費欲動に対応する疑似都市が演出される。そして周辺に存在していた地縁的商店は圧倒的な商業戦略に敗北し消滅する。現代の都市はまるでゲームのように組み立てられているのだ。そこでは、近代以前の自然集落の社会がもっていた人間の身体やその活動である生活から形成された組織とは、まったく異なるルールで空間が形成されている。そのなかで、古層のように存在していた自然集落に対応するような空間組成は破壊されていくのである。

身体スケール復権のためのスタディ
人は絶対的な個としては存在できない生物である。そのためなんらかの集団を形成するのだが、その集団のあり方に対応する空間が用意され、空間の集合形式を創り出す。それが住居、集落や都市と呼ばれているものだ。自然集落では空間の拡がりは経験し知覚する人間の身体スケールと対応している。そこでは自分のいる空間は身体の延長の様であり、そこにいる集団の成員全員のアイデンティフィケーションが可能であった。人はそのようなネイバーフッドの泡の中で生きていたのではないか。そして、それを超えるスケールとなったときはもうひとつ別の泡が用意され、その泡が重なりまたはネットワークを形成し最後には都市という形式をもっていたのではないだろうか。ところが現代の都市のなかで、ある空間の拡がりをすくいあげてその集合をみてみても、そこには人間の身体スケールに対応する空間や集団は見あたらない。都市の群衆の中では人は自分の居場所は特定できず、絶対的な個である状況と同じである。物理的に人間という生物の集団の中にいても孤立している。

私たちは現代の都市空間はそれが生み出される計画の上位概念に人間の存在が欠落しているのか、または何かが間違っているのかもしれないと考えている。そこで、この「都市の環境単位」という概念を導入して現実の都市を測定してみることにした。それは、この都市の中で共同体意識を持つことができるのかという視点をもって、旅行者のようにこの都市空間を観測するのである。旅行者のような視点を獲得して都市空間を見てみると人間の生活の場から乖離して制度的に用意されている空間やルールが何か奇妙なものに見えてくることがある。その奇妙な空間やルールを再設定することで顕在化する世界を記述しようとしている。それはリアルなこの都市空間を肯定しながら、それを新しい空間組成に変換することなのだが、そんな発見的な「環境単位」が2006年度のスタジオでもいくつか定義できている。


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