社会化する住宅
民主主義を表現する住宅
1950年代、60年代の日本の住宅建築は、家族生活と空間の対応が重要なテーマであった。敗戦によって家族概念が大反転された後、近代家族のための住居が模索されていた。その民主主義に基づく家族を収容する住宅のお手本が、アメリカのモダンリビングであった。そして、直接的にモデルとされていたのがケーススタディハウスだ。それはアメリカ西海岸で造られていた独立住居で、メイドを置かずに主婦一人で家事をおこなう家族を対象としたものである。このような中流の階層の住宅を建築家が携わったのはこのケーススタディハウスそのものが雑誌の特別企画であったからだ。流れるような大きなリビング空間を中心に置き、主婦の家事が家庭の中で主人公となるこの住居の形式は、おそらくアメリカにおいても十分に発見的であり、それは民主的な家族生活の喜びに満ちたものであったと思う。

この流れるような空間を実現させるためにS造軸組構造で造られた空間が、日本の伝統的な木造軸組構造の空間に相似しており、参照しやすかったのかもしれない。そのため60年代までの住宅建築の中心的思潮は、このモダンリビングの日本的翻訳であったと思われる。そのなかで、民主的家族に対応する「住居の形式」と、流れるような空間という「住宅の様式」が混在して語られていたように思う。その頃は、住居はイデオロギーであった。

多様性の中に消失する住宅のテーマ
1970年代になると、高度成長経済を経験し、十分に豊かとなった日本の社会では、ステレオタイプのモダンリビングでは住宅の規範にはならないということが明らかとなる。自律した家族成員が広場のようなリビングで集う、ということが民主主義に基づく近代家族生活であり、その家族生活に対応する空間図式がnLDKである、という仕組みに疑問が出される。そして、現実の家族という人間集団に対応する新しい住居形式を開発するもの、先験的な空間原理を住居に対応させるもの、装飾的な様式を前面にだした住宅を提案するものなど、多様な住宅の姿が開発された。そこでは「住居の形式」と「住宅の様式」は意識的に一体となって表現され、日本独自の地域主義的な住居として提出されていたと思う。

そして、都市に人口の過半が住むという都市型社会となり、そのなかで核家族という家族形態の解体が進行する。この都市型社会では、住居は単体ではなく集合化していくのは当然で、議論の中心は住宅の集合形式へ向かっているようである。戸建ての住宅は社会動向から取り残され、今では「住居の形式」などではなく、アート作品であったり工芸品のように、観賞の対象となっているのかも知れない。住宅といものが敷地の中で閉じた、私性に属する表現だとすれば、そこには社会的に議論するものはない。

社会化する住居の形式
家族の様態が多様化し、もはや固定的な家族像は存在しない。そして家族が少人数化しているので住居内でのプライバシーのレベルは下げられる。その結果、住居内での空間の組成は単純に扱うことが可能となり、住宅は大きなワンルームで済んでしまう。家族生活というものは「住居の形式」を決定するほどの拘束力はもたないということかもしれない。 しかし、建築や都市というものが人間の集合形式に対応した空間表現であるとすれば、その最小の集合形式に対応する住居はやはり社会に無関係ではない。現在進行している社会の大きな変化にともない、家族のあり方も、仕事の仕方も、共同体のあり方も変化している。変化の途中では、その意味が容易には見えてこないのかもしれないが、たとえば核家族の解体は専用住宅の解体でもある。そしてそれは、個室群住居のように人間の集合が個体に分解され、それがまた複合化し、新たな共同体の形式をつくる。専用住宅ではその家族内の構成が主要な空間の決定要因だったのが、その住居そのものが社会化し社会化する住居の形式は社会から規定されていくのだ。だから、この社会変化の最前線が住宅であると見ることもできる。と、考えている。


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