密集市街地から学ぶこと
コンパクトシティ
コンパクトシティという言葉を良く聞くようになったのだが、そのコンパクトシティの意味するところは様々である。基本的にはギュっとコンパクトに集合している都市のイメージなのだが、それは市壁で囲まれ建築の塊で作られたようなヨーロッパの中世都市をイメージしてしまう。20世紀は人口の増加と経済の拡大に支えられ都市は拡張し郊外の緑地をスプロールによって破壊してきた。20世紀の開発原理となっていたハワードの田園都市は、都市化されるはずのない郊外地まで開発をする理屈を与えていたともいえる。そして、コルビュジエのアテネ憲章では、都市を効率よく使う道具として捉え、機能別にゾーニングを行う事を示していた。このゾーニングによって20世紀の都市では業務中心地区は誰も人の住まない地区になってしまった。

コンパクトシティという概念が提出されたのは、1990年に欧州委員会が都市環境に対する提言として出された「都市環境緑書」なのだそうである。拡張を続けた20世紀の末に、人口の増加はピークを打ち、次第に縮減する社会を向かえ、ヨーロッパ諸国では次世紀にむけて持続する都市が構想される。その未来都市の策定を、ヨーロッパの人々にとってはユートピアである地中海世界の中世都市に求めたのではないか。人口が急激に減少し穴が空いた郊外を緑地に戻し、疲弊した都心部は小さな外部空間を再編して高密度に使用できる空間へ再編するという方策が試みられている。このコンパクトシティで狙われていることは、歩ける距離に人々が集まって生活することで、都市拡大によって失われたコミュニティを再生すること、そしてコンパクトに生活することによってエネルギー消費を下げ環境負荷の小さな都市を形成すること、それにより高齢化する社会に対応する空間構造を作ることである。20世紀の社会は交通インフラを整えることが中心原理であったが、ここではモビリティのレベルを下げるという変換が試みられているのだ。

日本でも2004年に人口のピークを打ち、長期的な人口の減少が始まっている。2050年には人口は現在の3/4に縮小すると言われている。しかし、同時に都市への人口集中は進行し人口の過半は都市居住となることが想定されている。人口が減衰しながら都市に人口が集積するという社会をどのようにデザインするのか、その検討が要請されている。

ハイパー・ミックスド・ユーズ
ヨーロッパで構想されるコンパクトシティでは、20世紀に厳格に進められていた用途地域に区画するゾーニングを見直し、用途を混在させることでコンパクトシティを実現させようとしているようである。住まう場所と仕事の場所を近くに設けることができ、さらにレストランやカフェ、そして生活用品を売る店、生活をサポートする施設。小さな公共空間などが歩ける距離に混在する環境である。

このような様々な施設が極度に混在した環境は、日本の都市の中心部からはずれた近隣商業を抱えるような密集市街地では当たり前に存在する。東京の吉祥寺や下北沢などである(「東京から考える」東浩紀・北田暁大)。そこでは昭和初期に住宅地として開発されたようなエリアが、戦後も道路幅員の狭いまま戸建ての宅地が継承され、それが立て替えに際して細分化される。この密集した住宅地の中で住居が店舗に転用されていたり、仕事場として使われている。少し大きい戸建て住宅はゲストハウスと呼ばれるシェアードハウスになったり、何人かで共同して住まうコレクティブハウスになっていたりする。さらに、このような生活をサポートする施設も参入してくる。通常はこのような様々な機能が密集するとお互いの相隣関係の調停は難しくなるのであるが、このように異なる機能が共存できるのは戸建て住宅が自律して個別に更新できるボイドの隙間という緩衝帯があるからだ。東京の混在したこのような木造密集住宅地は、コンパクトシティというほどの密度は持ってはいないが、この極度に混在した環境の制御のなかに未来の都市型コミュニティのモデルがあるのかも知れない。

アーバン・ティッシュ
ヨーロッパの都市は連続する壁体で外部空間が切り取られているために、都市は建築の量塊のように感じられる。外部空間は街路も広場もソリッドに切り取られたボイドとして空間の質は同一である。この外部空間の配列やネットワークによって都市は組織されている。高密度な都市空間はこの外部空間の制御によって成立しているのだが、これは夏に乾燥している地中海式気候に対応した空間構成なのかもしれない。具体的には、たとえばバルセロナの中心市街地は細やかな外部空間がネットワークされており、それはまるで密実な建築の量塊に光や風を送り込む穴が穿たれているようである。さらに、都市内を歩いているとノッリの地図のように経験する都市空間は公的な空間と私的な空間の白黒の二色で記述できるように感じられる。ここには物理的な内部と外部の他に、都市の中に公共空間という概念があることを教えてくれる。そして、その公共空間もソリッドとボイドと同様に明確に区画されている。

一方、日本の外部空間は明快な構造性はなく、様々な性格を持った隙間のネットワークとして存在している。内部と外部は曖昧に接続する。ヨーロッパの都市にあるように外部空間には明快な性格を与えられていない。日本の密集市街地では民法上に決められた敷地境界からの離隔距離と建坪率、容積率によって、宅地が細分化しても一定の空地が残るメカニズムをもっている。戸建て住宅ではどんなに規模が小さくても敷地境界に塀を建て、庭とは呼べない隙間に庭木が植えられる。このような外部空間を多量に含んだスポンジのような都市空間はもともとはこの国が定めた法制度によって生まれた都市環境ではあるが、建物と建物の隙間を流れる風や優しい木漏れ日を感じることのできるこの細やかな外部空間の存在は、温帯モンスーンの気候風土に適合するものなのかもしれない。またこのようにボイドの隙間という緩衝帯をもつことで、それぞれの内部空間は自律し、自己更新する(メタボリズム)ことも可能となっているのだ。

スクリーンとフィルター


アルプスの北のヨーロッパは、夏は乾燥しており日陰に入れば快適で、そのかわり冬の寒さが厳しいため、冬の気候に対応する環境技術が中心となるようである。持続可能な社会構築を言及し、1995年にトーマス・ヘルツォークが提出した欧州憲章では、太陽エネルギーの利用が重要な位置づけを与えられている。そこではビルディングフィジックス(建築物理学)という概念によって建築の創り出す環境を科学的に検証しようとする。たとえば、光、風、熱を制御するダブルスキンというガラスの皮膜を二重にするファサードエンジニアリングが提示されるのだが、それは、冬の寒さから内部空間を守り、さらに中間期は戸外の空気を取り入れて内部と呼吸させ、夏期はスクリーンによって遮光しダブルスキン内をヒートチムニーとして熱気を排出するというものである。ここで注目したいのはガラスというフィルターや遮光スクリーンという環境を制御する設えが建築要素として市民権を得る契機を作っていたことである。

日本では近年まで用いられていた遮光のためのスダレは、夏に日差しを避けた風通しの良い生活をするためでもあるが、同時に開放的な空間の内部を覗えない装置でもある。このような舗設と呼ばれる建築的な仕掛けは、建築の主題とは見なされないために容易に廃棄されてしまう。今ではアルミサッシが普及し夏期はエアコンを使うのが当たり前になったため、現代では外部と内部のインターフェースはアルミサッシを閉め内側のカーテンを引くだけという単純なものになってしまった。かつて日本の都市空間が持っていた内部と外部を関係づける多様な建築言語は失われてしまったのであろうか。都市の中にコンパクトに住むことで失われたコミュニティを再生しようと考えるとき、相互の関係を調停するフィルターとスクリーンは再び私たちの建築要素に復権させる必要があるのかもしれない。

日本の都市の外部空間は必ずしも公的な空間ではない。外部と内部には曖昧な関係性が存在する。そのため日本では外と内の関係を示すために塀や生け垣など様々な結界が用意されていた。そして物理的に外部と内部を仕切る建具にも堅牢な戸から優しく境界を区切るものまで多様に用意され、豊かな空間を作り出していた。このような多様で繊細な建築言語としてフィルターとスクリーンを再考することは、密集して生活する日本型コンパクトシティのために有用な技術として評価できるのではないか。
それは、互いの関係性を制御する作法を再考するようなものである。



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