横浜国立大のキャンパス戦略

教育空間の状況
 海外の大学を訪ねる度にわが国の大学の教育空間の貧しさを思い知る.20年以上大学で教員をしているが,当初は教育空間の重要性を訴えてもなかなか理解してもらえなかった.大学にきて間もない頃,キャンパス計画に建築家を参画させてほしいと学長に願い出たところ,厳しく反論されて相手にされなかったことがある.当時は制度として一般の国立大学の建物は施設部が管理しており,特定の建築家が設計するということが認められなかった.大学には建築を専門とする教員がいるのにもかかわらず,計画に参画することはできず,キャンパス内は文部省の標準設計の建築群が建設されていた.
横浜国立大学常盤台キャンパスは,市内に分散していた学部を統合する目的で,ゴルフ場跡地に計画された.このキャンパス計画は建築学科の河合正一教授が担当されたが,当時は学内にキャンパス計画室が設置されていて,私は大学院の時に模型製作などアシスタントをしていた.このキャンパス計画の配置計画で重要なことは,キャンパス中央に屈曲して背骨のように貫く中央歩行帯を配してあることで,完全な歩車分離を行い周囲に車道を巡らせている.キャンパスの中央にはこの中央歩行帯に接してすり鉢状の大広場が設けられ,そこに中央図書館となぜか建築学棟がシンボリックに南北に配されている.キャンパス全体はこの中央図書館を中心に東西に人文分野と理工分野に分かれてゾーニングされている.キャンパス内は植物生態学の権威である宮脇昭教授の指導を受けた緑豊かな自然環境を形成している.
10年ほど前にこの中央図書館の増改修工事の計画が立ち上がり,その時始めてキャンパス計画策定の委員会に参画することができた.2年ほどかけて基本計画をまとめ,最後には当時非常勤講師であった飯田善彦さんにも入ってもらって基本設計をまとめたが,実際の設計には参画することは許されなかった.

独立法人化による変化
国立大学が独立法人化したことが契機となった.2006年暮れ,教育学部棟の耐震改修に予算がついて施設部が計画を進めていたのを,教育学部の先生から相談を受け,どのようなことができるのか分からず手探りで計画に参加した.施設部の担当者は好意的に検討をしてくれて,非常勤講師の下吹越武人さんと田井幹夫さんにボランティアのような形で参画していただくことにした.この時に関係者全員で東京工業大学の耐震改修計画である「緑が丘1号館レトロフィット」を見学し,担当された安田幸一教授からプロジェクトの経緯をうかがった.東工大では文科省の予算が付く1年前から計画を始めていたそうである.しかし,教育学部棟の耐震改修の計画はすでに進行していたため,できることには限界があった.
この経験が今回の建築棟の耐震改修に役立っている.建築学棟の改修計画は,半年以上前に耐震改修の対象建物となっているという情報を得て,建築学教室の中に基本計画を策定する建築棟改修のWGを立ち上げた.環境対応型の建築を実践することとして,開放型ダブルスキンによる壁面緑化,屋上の膜構造設置,各階南北に風の抜けるホール型の平面とすること,そして何よりもパーティションを透明ガラスとしてあらゆる場所を公的空間にすることなど,大学の執行部の理解も得てほぼ実施案に近い計画内容をまとめることができた.そして,これを受けて飯田善彦教授を中心とするチームが主導して実施設計をまとめた.横浜国大建築学教室が総力を挙げて取り組み,なかでもグリーンビルディング建築工学,膜構造の研究者などが積極的に参加している.
教育学部棟の計画を行っていた年,工学部の先生からも工学基礎実験棟の改修計画の相談が持ち込まれ研究室で検討をおこなっていた.独立法人化後,建築系の教員がキャンパスの計画に参画できる状況が生まれてきていたのであるが,このような要請に対応する制度的受け皿がなかった.そこで,東工大の事例を参考にして学内にキャンパス計画をおこなえる部署を設けることになった.今では横浜国大でも建築系の教員を中心とする「キャンパスデザイン計画室」が設置され,現在はキャンパスマスタープランの検討を行っている.

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