都市東京のエージェントはだれなのか

北山 恒 

「現代都市とは、十九世紀第3四半期に北米大陸において産み出され、大量生産・大量消費を基調とする資本主義世界システムとともに、瞬く間に全世界に普及した都市類型である。」(『権力とヘゲモニー』吉田伸之、伊藤毅)

 

「現代都市」という都市類型が生まれたのは19世紀末のシカゴである。1871年にシカゴで大火災があり都市中心部の大部分が焼失する。それを契機に全く新しい都市が構想される。ここから20世紀の都市を規定する壮大な都市実験がはじまっている。

当時のシカゴは大陸横断鉄道と、五大湖とミシシッピー川の水運が交わる物流の結節都市であり、大プレーリーの穀倉地帯や5大湖周辺の工業都市を背景とする物流産業の巨大資本が集積していた。シカゴはアメリカの中央に位置し、陸運と水運の交通の結節点であるという特別な地理的特異点であった。物流とは資本主義の根幹的活動である。歴史的にもヨーロッパに始まる資本主義が巨大資本を運用するという新しい段階を迎えていた。シカゴはこの大火の後、巨大な資本による経済活動のための都市として大改造が構想される。それは、それまで都市の中心を占めた広場や教会や行政諸機関に代わり、資本活動を行うオフィスビルという新しい建築物が都市の中心を占めるという都市である。このオフィスビルの集積をCBD(業務中心地区)と呼び、「現代都市」では都市の中心部をオフィスビルが埋め尽くすことになる。

資本主義が造る都市(シカゴ学派)

20世紀初頭、シカゴ大学の社会学者E・W・バージェスが有名な「同心円的地域構造説」という都市発展モデルを発表する。これはシカゴ大火以降の急激な都市発展から演繹された、同心円状に発展拡張するという都市モデルである。重要なのは社会構造として「高度に自由な経済活動や完全な土地私有制度であることが必須の条件」とすることである。これはこの都市モデルは市場経済の中でつくられるものであること、さらに言えば資本主義がつくる都市モデルであることを示唆している。巨大資本の登場とマーケットがコントロールする社会。そして、それに対応する都市空間の出現ということなのだが、そのシカゴの急激な都市現象を説明する社会学理論として、シカゴ派と呼ばれる「都市社会学」が生まれている。それだけ、当時はこの現代都市の出現が大きな事件であったことがわかる。

この理論によれば、都市が発展拡大するにつれて、それぞれ五つの同心円的地域に分化するというもので、まず中央はCBD(業務中心地区)とダウンタウン、それを取り巻くトランジッション(transition)という地域、そして労働者住宅地域、戸建て住宅街、通勤者郊外としている。トランジッション地域とは業務地域の影響を受けて住宅地としては常に老朽不良化するところであるとして、外国移民の最初の居留地となり、各種の犯罪や悪徳の温床となる地区=スラムであるとする。資本主義社会での最弱者の場所であるのかもしれない。戸建て住宅街は(zone of better residence)と表現されて、アメリカ生まれのアメリカ市民が住み、中産階級の住宅街として典型的なアメリカ式生活様式が現れている、としている。そこには、移民によって人口が急激に増えていた時代を背景としていることが読み取れる。そしてこの同心円状の各地域の生活様態や施設配置が子細に観察されているのであるが、この都市に住む人は周囲とは切り離され、孤立している。19世紀末に発見されたアーバニズム(都市生活)という社会的実体(social entity)は20世紀初頭のシカゴ派の社会学者L・ワースによって「生活様式としてのアーバニズム」という論が示されている。19世紀末から始まるシカゴの急激な都市化(アーバニズム)という社会状況を資本主義社会のつくる都市の問題として分析しているのであるが、それは資本主義のなかにある現代社会が継続してかかえる普遍的な問題でもある。個人は匿名化され分断され、社会的共同体は解体され近隣は消失する。家族の構成や機能は縮小し社会の再生産は減退する。あらゆる活動は商業主義に組み込まれ商品化される。シカゴという都市で始まるアーバニズムという社会構造は、社会学では資本主義が支配する都市社会のなかで人間の関係や人々の活動、そしてコミュニティ概念の変化を分析する。

 

不動産が商品化される社会では、このようなセグレゲイション(分布)は現代でも同様であり、20世紀末にロサンゼルス学派というE・W・ソジャたちの地理学者のグループは、コミュニケーション手段や自動車などの個人的モビリティによって同心円的都市構造は解体され、外心都市という遍在する中心のアイデアを提示している。しかし、そこでもセグレゲイションは認められる。いずれにせよ19世紀末のシカゴにおいて初めて現代都市という社会容態が登場したということは理解できる。

現代都市がつくる日常生活

シカゴに始まる現代都市社会では、人々に毎日同じように住宅とオフィスの〈間〉の単調な反復運動を要求した。それが現代社会の日常生活という規範を産み出している。都市社会学というものは都市の現実を類推するものであるが、その初期シカゴ派が定義する同心円都市にはゾーンごとの細かな生活様態と都市環境が記述される。人々はゾーンごとに区分され同時に都市機能もゾーンごとに区分される。このシカゴ学派の都市理論を受けて1932年に開かれたコルビュジエを中心とするCIAMの「アテネ憲章」では、近代都市構想としてゾーニングとそれを結ぶサーキュレーションという機能都市理論が主張される。この都市理論によって、人々は働く場所と住む場所が区分されその往復運動を行う生活の基盤が整えられ、それが現代のあたりまえの日常になるのだ。  

1950年代の西海岸のケーススタディハウスも同様であるが、シカゴ学派が示した都市の同心円第四地帯に分類されるアメリカの典型的なプチブルジョワ(中産階級)の住宅(F.L.ライトの住宅など)は、20世紀末E.W.ソジャによって紹介される都市の解体とともに、周縁化されている。住宅の主題は移行しているのだ。モダニズムの潮流の中で20世紀の建築ジャーナリズムが主題とした中産階級の住宅、そこには建築の問題などもう存在しないのかもしれない。住宅の問題は都市のありようと同調している。

都市のリサイクル

絶えず生成変化(メタボライジング)を続ける東京の未来の住宅地のなかに、都市の可能性があると考えていた。この東京の都市状況から、2010年のヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館の展示コンセプトを組み立てたのだが、それをさらに展開して、2011年の秋に行われたUIA東京大会で「Tokyo Urban Ring」という東京の未来ビジョンを提示した。東京に環状に存在する木造密集市街地(木密リング)の都市組織を、未来型の居住都市に生成変化させるというプロジェクトである。

東京の木造密集市街地の形成過程には震災・戦災を素因としているため、計画原理が不在のインフォーマルな市街地形成がされている。細街路が網の目のように入り込み、土地が細かく区分所有されており、未接道宅地が多数存在する。なかには空き家も多く空き地となっているものもある。相続の過程で、土地の所有や権利関係が錯綜しており、そのため大規模に計画地をまとめる開発は困難となっている。そして、ほとんどが1,2階の木造の小住宅なので、災害時火災となると大きな被害が予想される。この東京都の重大な都市問題エリアである木造密集地域整備事業対象地区を、新しい都市の環境単位として再生しようとするものである。

東京の木造密集市街地は、多くの問題を抱えているが、そこには人々の濃密な生活空間が存在している。距離的に都市の中心部に近く生活の利便性が高いため、世代を更新しながら住み続けられており、そこには良好なコミュニティが存在する。しかしながら、敷地規模が小さく、未接道宅地も多いため街の更新は困難である。そこで、現存のコミュニティを壊す可能性のある大規模な再開発ではなく、防災上有効な小さな建て替えが連携して、面的に災害に強い地域に造りかえ、その建て替えによって床を増やして新しいコミュニティを迎え入れるという、生成変化のプロセスを提案した。

まず、幹線道路で囲われた街区内の細街路は生活道路として車の侵入を制限する。これはヨーロッパの旧市街などで行われているライジング・ボラード(機械仕掛けの車止めで、定時で上下する。夜間は下がっているが日中は車止めが上がっている。また、緊急自動車などはリモコン操作で車止めを下げることができる)の導入や、街区内の細街路をすべてT字路とすることで、不要になる道路を廃道し遊歩道とする提案をしている。道路は車の交通のためにあるのではなく、人々の生活の場となる。そこでは、子供の遊び場や、高齢者の寄合、立ち話など、日常生活を通して人々を関係づける場となる。建て詰まった街区の道路をコモンズ(共有地)の領域に参入し、土地を所有するのではなく使用するという概念を育成する。駐車場は幹線道路に接する土地に集合パーキングを設け将来はカーシェアリングを進めるという地域のビジョンがある。

そして、密集している街区の真ん中の未接道宅地を共有の空地(コモンズ)とする事で光と風を取り込み、視線、動線を共有する「共有圏」という新たな中間集団を提案する。この空地には井戸が設けられ、近隣のコモンガーデンやアウターリビングとして使われる。火災発生時には自助消火ができ、延焼を防ぐ役割を果たす。接道する土地所有者の意向によって「路地核」と名付けた共用の垂直導線や防火用水などの生活インフラ施設を設け、周辺の宅地の共同建替えを誘導する装置として計画する。この共同建て替えによってグレインを変更させ、敷地境界ではない外部空間の新しい使い方を導入する。そこでは、心地よい戸外生活が営まれる共用の豊かな外部空間を持つ新しい生活ユニットが構想できる。

小さなリサイクルであっても、それがネットワークを組むことで巨大な都市そのものを変更する可能性がある。現在東京の木造密集市街地の面積は約7,000ha(東京都木造密集市街地整備地域)という、ひとつの都市を包含するほどの大きさ占める。その木造密集市街地という問題地域こそが、東京という都市が居住都市に変容する未来に可能性を示している。

 

東京は、戸建て住宅または長屋から、マンションという民間集合住宅に移行し、現在は分譲のタワーマンションが大量に供給されている。タワーマンションという巨大建築は垂直導線をコアとして多層のフロアが積層し、その各フロアでは廊下によって細分化された諸室となるという、まさにツリー構造そのものの空間形式をもつ。この空間の中で人々は切り分けられ孤立していくのだ。小さな敷地に多層の床をつくことができるという経済原理だけで、このような住居を大量に供給することを許して良いのだろうか。20世紀末、世界的な産業構造の変換のなかで、東京の都市周辺にあった産業用地や物流用地が空地となり、そこが不動産開発業者の金儲けの主戦場になっている。区分所有された高層マンションは30年もすると維持管理が困難となり、スラム化するであろう。開発業者には膨大な利益をもたらすため、国家が用意した「都市再生法」というルールに守られて、未来の都市の粗大ごみが急ピッチでつくられている。だからこそ、経済モデルとして、タワーマンションに置き換わる新しいオルタナティブを早急に創造する必要があるのだ。

新しい世界実在のために

世界の都市は経済活動のために再編され、都市の中心部はガラスカーテンウォールの高層オフィスビルに埋め尽くされ、世界中どこでも同じ風景の都市となっている。そして、都市周辺には、都市の中心で働く人々のための専用住宅地が用意され、その住宅地と都市の中心を結ぶ交通が用意されている。現代のわたしたちは、どこでも同じ世界の規範のなかに生きている。

 

歴史的にみると、人間の世界は、原始共同体という一体の社会組織であったのが、「近代」という規範のなかで、プライベートセクター/パブリックセクターという対立する社会構造が生まれている。プライベートセクターは自由を要求し、パブリックセクターは規律を要求する。言い換えると、それは欲望と抑圧という抗争関係を内在している。このプライベートセクター/パブリックセクターという社会構造は、資本主義が要求する市場を効率よく働かす原理なのである。19世紀にはこの資本主義によって生まれる社会矛盾を乗り越えるイデオロギーとしてコミュニズムが提出され、このイデオロギーのヘゲモニー抗争が20世紀に行われ、1989年に資本主義独裁が始っている。そのため、資本主義の生み出す社会矛盾はさらに拡大している。だからこそ、その資本主義の作動原理に対抗するコモンという概念が再び召喚され、コモン/マーケットという抗争が生まれているように思える。このコモン/マーケットの抗争は人間世界の問題であるのだが、さらに「近代」という文明には、自然環境と対抗し人工環境を産み出すという、自然克服の存在原理がある。都市や建築は、この「近代」という規範のなかで、自然環境を切り取る人工環境として、わたしたちの当たり前の生活を支えているものなのだ。

 

「現代」とは一時的で瞬間的に過ぎ行く「今」であり、「近代」とはヨーロッパを中心とした社会規範に関係している。ヨーロッパ世界では、「近代(モダン)」という場合はルネッサンス期の近代的自我の誕生以降とする場合や、または、ヴァルター・ベンヤミンが描く文学的な立場から19世紀半ば、1850年頃を「文化的近代」の始まりとする見方もある。前述したように経済史では、12世紀にイスラム世界との抗争の中で、経済活動で優位を占めたヨーロッパ世界からはじまる文明を「近代」とするという説がある。その文明は大航海時代、宗教改革、コペルニクス、ガリレオ、ニュートン、などの宇宙を含む自然科学の展開とともに、資本主義という社会システムによって世界を覇権してきた。そして、現在その「近代」という規範の終焉と、「近代」という歴史のおわりが始まっているという見方がある。

資本の独裁によってプライベートセクターの欲望が暴走し、その欲望を支えるためのテクノロジーが高度になればなるほど、世界はカタストロフィーに近づいているのではないか。東日本大震災の福島原発の被災は、ミネルバのフクロウである。それは「近代」の終焉を示しているように思える。「近代」を超克し、人間を主人公とする世界では、豊かな生活世界の実現が求められなければならない。そこでは、働くこと、活動のありかたが主題となるはずである。人々を集めて一定の時間人間の活動を拘束するオフィスビルの集積を中心とする都市とは、「近代」の極限の空間表現である。この非人間的システムは非都市でもあるのだ。都市が人間のために存在するとすれば、どのような世界が実在するのであろうか。それを探求することが、アーキテクチャーという領域なのだ。